
(大阪 エキスポ・パークの太陽の塔)
3月は国立民族学博物館の研究会に急遽出席することになり、日本に1週間強滞在した。日本に帰るときは私は成田に入るのが通常のパターンだが、今回は大阪に招待されたため、初めて関空使用かと、ちょっと興奮したが、サンフランシスコ-関空という便は毎日飛んでいるわけではないことが判明。そこで、アシアナ航空でサンフランシスコ-ソウル-伊丹か、JAL でサンフランシスコ-成田-伊丹のどちらかの選択になった。時間の関係で後者を選んだが、成田についてからまた国内便に乗換えとは、なかなか厄介である。東京中心に物事を考えたり経験したりしていると、気がつかない日本の状況だ。
しかも、1週間強の滞在中に、大阪-東京-金沢-大阪という旅程を組んでしまった。研究会に招待されたのを機会に、家族と友人を訪ねてしまおうという貧乏くさい計画である。ふだんは成田について、スーツケースを実家に宅配する手続きをするため、大きな荷物を抱えて国内移動をすることはない。今回はスーツケースを引き連れた大移動を短期間にすることになり、なんとも不恰好な旅となった。
大阪では研究会の最終日、大阪に滞在して翌朝東京に新幹線で向かおうと考えていたが、連休の土曜だったため、ホテルが満室。そこで、夜行バスを使うことにした。高速バスは新幹線より座席が広くて快適だと聞いていて、一度利用してみたかったのだ。米国からインターネット予約をして、座席を確保できたのもよかった。研究会のあと、キューバで知り合って京都に住んでいる友人(彼女の縁で研究会に招待された)と梅田駅の飲み屋で何時間か話し込み、半分酔っ払ってバスターミナルへ。8時間ほどの移動をほぼぐっすり寝込んで、翌朝新宿駅に到着した。

(金沢 兼六園の梅)
日本行きが決まってから、サンフランシスコでは必要ない冬物の厚手のコートをあわてて最終セールで残っているものの中から購入し、来ていったものの、大阪は予想外に暖かかった。東京も3月下旬に分厚い黒のコートを着ている人は皆無で、汗ばみながらスーツケースを引っ張っている私はどうみても田舎モノだ。それでも金沢行きが旅程に入っている限り、コートは手離せない。
東京では実家の周りのよく行く食事処をめぐり、友人にも会わずに2日間(1.5日?)を過ごした。そして、金沢へ高速バスで。今度はマイナーな路線のせいか、あまり快適なバスでなく、しかも最初の2時間は都内をうろうろしていた。とりあえず採点の仕事をしなくてはならなかったので、8時間がどのような過程であってもかまわないのではあるが。東京-金沢のバスは雪の積もった山間部をとおり、それはそれでエキゾチックな旅程だった。