2009年12月31日木曜日

2009 --> 2010


1年の終わりにぱっとしない画像で失礼するが、久々に靴を「履きつぶした」ので、記念写真。週に数回、池の周りを歩き始めて、1年強経つ。2008年の9月に購入したウォーキング専用の靴には穴があいてしまった。普通のタウン用のスニーカーはやはりサポートがしっかりしていないので、ようやく新調を決心。ちょうど2010年も始まるところ、靴とともに新たな気持ちで池を歩こう。

よいお年を。

2009年12月26日土曜日

クリスマス・ディナー



学会のあと、学期の終わりの仕事がなだれ込み、そのあとも教授の手伝いと自分の書き物とでクリスマスまで手が離せない状況だった。クリスマスでようやく一息つく。



相変わらず食べ物のことばかり書き連ねるが、感謝祭が非常にトラディショナルな食卓だったので、クリスマスは鶏はやめて、魚にした。刺身が好きだけれどなかなか食べにはいけないので、ちょっと奮発して魚屋さんの刺身を購入。日系の魚専門のスーパーでハマチとマグロ(ビンナガ)とトロ。どれも少量ずつだと思ったものの、脂がのっていて大満足だった。他にいくつかつまみのようなものを揃え、ディナーというよりは居酒屋のメニューに近い様相だった。猫が魚に見向きもしないので、おすそ分けの必要もなく、人間だけで平らげた。

2009年12月9日水曜日

フィラデルフィア



12月3日から6日、米国人類学会に出席するためにフィラデルフィアに行った。10数年前に近郊の友人の家を訪ねたことはあるものの、フィラデルフィアの街は初めて。サンフランシスコ-デンバー-フィラデルフィアと半日かけて飛び、夜中に到着。久々の東海岸、やはり遠い!到着が夜中で、出発が早朝なので正味2日間の滞在だ。3時間の時差のせいでほぼ眠れず、翌朝6時半に起床。西海岸時間で朝の3時半。コーヒーを携えて、朝一番のパネルに出席。キューバ研究者の集まる発表なので楽しみにしていた。8時から11時45分という長いパネルで、私は4番目、8時45分から15分の発表。マイクの前に立って、目の前の原稿が1バージョン古いことに気づく。出発の前夜、何度も書き直しをしていて、最終バージョンをプリントアウトしたはずだったのに。なんとか最新版の文章を思い出しながら発表を終える。建物の比較に関する発表だったので、写真をたくさん紹介し、聴衆があまりテキストの細かい部分に気づかなかったことを願う。パネルはほぼ全員教授レベル、私だけが学生というまれな組み合わせ。先輩方と知り合うことができる、私にとってとても有意義な状況だった。

自分のパネルのあと、その日は眠気と闘いながらいろいろとパネルをめぐる。なにせ数千人の集まる米国でもっとも大きな人類学会だ。大学を去った友人たちに出会ったり、新しいトピックを知ったり、個人的に面識のなかった人と話す機会があったり、知的に刺激的である。

が。

もうひとつの楽しみは、学会の開催地を観光すること。2日目を存分に学会に浸った翌日、私は(二日酔いを抱えながら)フィラデルフィア観光に走った。雨がみぞれに変わり、はては雪の降るなか、カメラを抱えて近くの歴史的街並みをあるいた。米国の独立に重要な位置を占めるフィラデルフィアは、多分に愛国的なスポットが多い。私は歴史保存を研究しているため、「歴史」が街並みとしてどのように表象されているかに興味がある。とはいえ、「自由の鐘」を見学し、その周りの建物を見物すると、寒くて仕方がなくなり、そそくさとホテルに帰ることに。帰りがてら中華街をとおり、また「ダウンタウン」の別な側面をみて楽しむ。



フィラデルフィアは「チーズステーキ」で有名だ。フィラデルフィアの外ではフィリー(フィラデルフィアの愛称)チーズステーキとして知られるが、牛肉の薄切りを鉄板で炒め、チーズと絡めたものをパンにはさんだサンドイッチである。名物を食わずして観光したとは言えず、早速大きなサンドイッチをいただいた。名物は、しばしば観光の興奮とともに食されるため、その味が大きく気分に左右される。おいしい!とそのとき思ったが、わざわざフィラデルフィアに行く必要があるかは定かでない。

2009年11月28日土曜日

牡蠣遠足



感謝祭(木曜日)はこじんまりとおとなしく過ごしたが、土曜日は友人たちと1時間ほど離れた湾岸に遠足に行った。都市部を離れてしばらくすると、異国に来たかのような雰囲気。





そこは牡蠣の養殖場で、いろいろなサイズの牡蠣を50個単位で売っており、バーベキューの施設を設けて、ピクニックできるようになっている。ワインやビールを持ち寄り、生で食べたりグリルしたりして牡蠣三昧の午後だった。

2009年11月27日金曜日

サンクスギビング



昨日は感謝祭。七面鳥の丸焼きをメインに、食い倒れするのが慣習だ。日本のお正月のように家族が集まる祝日だが、長い週末だからといって簡単に家族のところに行けるものでもない。昨年はそんなひとたちが集まって、にぎやかに串揚げパーティをした。20人くらいが長いテーブルで肉や野菜や魚を切ったり、串に刺したり、衣をつけたり、揚げたり、と何時間も料理をし続け、そう広くもないアパートはその後何日も揚げ物のにおいが充満していたそうだ。



今年は、念願の七面鳥を家で料理してみよう、ということになった。サイドディッシュはマッシュ・ポテト、スタッフィング、ロースト・ベジタブル、そしてグレービーとクランベリー・ソース。小さい頃、『大草原の小さな家』を読んで、想像もつかない西部の生活の記述の中で、こと細かな食卓の様子が私にはなんともエキゾチックに聞こえたのを憶えている。クランベリーなどみたこともないのに、「クランベリー・ソース」はとても魅力的だった。



さて、買い物に出て七面鳥をもとめる、という段階になって、その大きさにうろたえてしまった。小さなものでも鶏の3倍はゆうにある。初めての丸焼きに、しかも人を迎えるわけでもないので、あきらめることに。かわりに鶏を丸焼きすることに落ち着いた。店で七面鳥の隣にあった鶏はいかにも小さく見えたが、家にもって帰ると、結構な大きさだ。ハーブ(パセリ、セージ、ローズマリー、タイム—サイモン&ガーファンクルの歌そのまま)を混ぜたバターをかけ、ニンジン、セロリ、タマネギを中に詰めて、オーブンで1時間半。生のクランベリーは、オレンジジュース、洋ナシ、しょうがとシナモンと一緒に煮込んでソースに。数時間かけてディナーが完成した。

2009年9月21日月曜日

イチジク


無花果とはおもしろい漢字だ。果実の中の部分が実は花で、外からは見えないからこう呼ばれるらしい。ここ数年急においしいと思うようになった果物のひとつで、大きなパックをみつけたとき、買わずにはいられなくなってしまった。普段は食べるのに追われてしまうのが嫌で、あまりパック入りのフルーツを買ったりしないが、イチジクならいくら食べてもいいと思い、おそらく32個入りくらいの大きさのものを購入。同居人はあまりイチジク好きでないことが判明したが、私ひとりで気にせず完食した。贅沢なことだ。

2009年9月12日土曜日

カリフォルニア寿司


カリフォルニアを代表する料理のひとつに寿司がある。カリフォルニア巻に限らず、創作巻き寿司が数多くあり、日本とはまた一味違う寿司が楽しめる。とくにアボカドを使用したもの、それから繊細なにぎりとは趣を異にする豪快な組み合わせがけっこう私は好きだ。先週月曜は労働記念日(レイバー・デイ、祝日)だったので、近くのビーチまで散歩に行き、海に面した寿司レストランへ行ってみた。巻き寿司二皿で2人満腹になるほどのボリューム。


ベイ・スカロップ。ホタテを巻き寿司の上に乗せ、さらにクリームソースをかけて、オーブンで焼いてある。


チェリーブロッサム。巻き寿司をさらにマグロで巻き、サクラの花状に盛ってある。

2009年9月4日金曜日

授業、ふたたび



新学期が始まった。今学期はメディア研究の授業を教える。初めて人類学以外のクラスで、過去3年間教えていないこともあり、慣れるまでにちょっと時間がかかりそうだ。人類学のクラスは最大15人、週に1回だったが、今度は25人、週2回のスケジュール。授業の初めに、私はいくつかの「お断り」をする。

1)教室内で、携帯電話の電源は切ること
2)学生の卒業まで、私と学生はFacebookの友達にはならないこと
3)J-Popについて私は何も知らないこと

1)はGSI(院生教員)になってからずっと言っていることだが、2)と3)は今回初めて。Facebookは私は3年前は知らなかったし、J-Popも今ほど人気ではなかった。Facebookで友達になると、教員/学生の線引きが難しくなってしまうことから、メディアの授業とはいえ、お断り。J-Popは、アニメや最近の秋葉原/原宿系のスタイルにうとい私にはお手上げ。先月サンフランシスコのジャパン・タウンに専門の複合商業施設がオープンしたのもあって、ますます勢いのあるJ-Popだが、私が日本人だからといって、知っているわけではない。学生の中に自己紹介で「私はJ-Popが好き」という女の子がいて、「じゃぁ、私に教えてね」と応答した。

2009年8月30日日曜日

Eat Real


ベイ・エリアは食に関心が高いことを何度か書いたが、年中様々なフェスティバルが開かれる。たいてい目抜き通りの一角を歩行者天国にして、ワインと様々な料理が楽しめるものが多い。ところが屋台とはいえ、一皿6~8ドルほどかかり、食べたり飲んだりするとそう安いものではない。ほかにも有名シェフが集うおおきなイベントで、入場料が75ドルからなどということもある。今週末、近くで開かれているEat Realと称するフェスティバルはそのような傾向に一石を投ずるもので、「安く、健康的で、持続可能な」ストリートフードを謳い、5ドル以上のものは売らないという。バーベキュー、ハンバーガー、タコス、アイスクリームなどおなじみのファースト・フードが、主催者の指導でなるべく健康的で持続可能な素材をつかい、しかも安価に押さえられて披露された。めずらしく暑さを感じる週末で人出も多く、とてもにぎわっていた。私たちは土曜の7時ごろ繰り出したらどの屋台も相当な行列で、やっとの思いで食べ物を調達したが、3-40分の間に売り切れる店が続出。ビールを片手に相当ご機嫌な人もあちらこちらに見える。


よくタコスを売るトラック(タコ・トラック)が街中で営業しているが、そのトラックを借りて、普段屋台をしないレストランも参加していたようだ。ストリートフードは大好きだが、行列には少々辟易してしまった。それにしても、夏らしい夕方を満喫できたのは良かった。

2009年8月23日日曜日

在外選挙


はじめて在外選挙人登録(2000年から実施)をし、今回の衆議院選挙の投票にいった。サンフランシスコの総領事館には金曜の午後、何人もの人が投票に来ていて、まるで日本の投票日のような雰囲気。いままであまり日本の政治に興味がなかったものの、このところ少し風向きが変わっているようで、動向が少しおもしろくなってきた。こちらの選挙には投票できないということもあって、できる権利を行使しなくてはと考えた次第でもある。結果が楽しみだ。

2009年8月20日木曜日

野球


もう10日ほど前になるが、サンフランシスコのジャイアンツを観にいった。宿敵LAドジャーズとの対決第1戦目で、とても盛り上がっていた。ドジャーズファンがローカルでもかなりいるのだろう(東京の阪神ファンのようなもの?)、私たちの席の周りには半々くらいでジャイアンツ・カラーのオレンジとドジャーズの青が混じっていた。野球そのものはもちろん見応えがあったが、周りのジャイアンツファン対ドジャーズファンの応酬に笑ったり時にはひやひやさせられたり。

「レッツゴー、ドジャーズ!」と怒鳴る女性の声をかき消すように「ジャイアンツ!」という男性。そのうちわけ分からなくなって、女性のほうもジャイアンツの投手の名前を叫んでいた。かと思うと、この男性のとなりのもうひとりのドジャーズファンは本気でケンカを売っているのではないかという勢いで、元ジャイアンツ選手、バリー・ボンズのステロイド・スキャンダルを蒸し返している。さらに、フィールドでは1塁の審判が2度ほど怪しい判定を下し、騒ぎを起こしている。

ジャイアンツは負けてしまったが、ずいぶん熱気のある試合だった。

ところで、私は巷で買えばボトルが5ドルくらいしかしないまずいワインを1杯8ドルも払って飲む気にならず、なんとキューバ産のラムを携帯フラスクに入れて持ち込み(まさか女性がアルコールを隠しもっていると思わなかったのか、私の持ち物検査はいい加減だった)、それをすすりながら観戦。ひときわ気分が良かった。

2009年8月10日月曜日

ピクニック


昨日は日曜日。湾の向こうのサンフランシスコ市内に住む友人たちを誘って、野外コンサートに行った。例年開かれる夏のコンサートで今年は72回めという。こちらではめずらしくアルコール可の公共イベントなので、前日から張り切ってピクニックの準備をした。サンドイッチとサラダをメインに、イチゴ、ピクルスとチップス&サルサ、そしてビールとワインをバスケットに詰め込む。座るための毛布をかかえ、顔にはたっぷり日焼け止めを塗り、気温が変わりやすいことを念頭にフリース・ジャケットも荷物に加えた。2時から始まるコンサートだというのに、12時半に到着すると、もうステージ近くの空間はうまっている。家族連れで大きなクーラーボックスを抱え、日に焼けたのかビールのせいか顔を真っ赤にして楽しんでいる人たちを横目に、私たちは空いている場所を探す。お椀状の公園が会場で、ステージに近い平らな芝生の部分は、太陽に真っ向から照らされている。その後ろは木の茂った急な斜面となっていて、比較的傾斜のない部分に観客が陣取っている。私たちも似たような場所を見つけ、毛布を広げた。

この日のライブ演奏はコロンビアのポピュラー音楽、クンビアである。そのせいかラティーノの観客も多かった。私はクンビアは嫌いではないが、どちらかというとピクニックコンサート、というイベントを楽しむためにやってきたので、ライブ音楽は贅沢なBGMである。サンフランシスコにしてはめずらしく晴れて気温が高く、大きな公園の空気もすがすがしく、とても気分のいい午後を過ごした。

2009年7月30日木曜日

キューバ“調査”報告


1週間前にキューバからベイ・エリアに戻り、湿度の高い真夏から、乾燥して肌寒い気候への移行に身体がビックリしている。滞在中ほとんどの時間をトリニダで過ごしたが、私の「調査」風景は写真のような感じだ。これは泊まっていた友人宅の屋上で、夕食後にラムを飲みながら語り合っているところ。すなわち、日本なら飲み屋での会話が私の論文のタネになるわけだ。会話の内容はキューバの社会状況からローカルなゴシップまで本当に様々で、アルコールのおかげで次の日私の記憶にはその内容があやふやだったりもする。そんなことをカリフォルニアの友人に話していると、そう簡単にはキューバに行けない彼らは羨望混じりに「チョウサ、どうだった?」と聞いてくる。半分は休暇だったため、ビーチに6回くらい行ったりもし、浅黒く焼けてかえってきた私に「研究者」たる信用度はほとんどないようだ。こっそりもち帰った、米国ではご法度のキューバ産ラム「ハバナ・クラブ」でキューバの味をおすそ分けしよう。

余談だが、キューバにもって行ったもののうち、トースターはハバナの空港で取り上げられてしまった。省エネルギーに真剣な政府は、抵抗コイルを用いた器具は熱消費が大きいため輸入しないことに決めたらしい。待ちかねていた友人は、私がその顛末を話すと、みんなにひやかされる羽目になった。

2009年7月6日月曜日

サンタクロースの出発


明日からキューバに約2週間行く。フォローアップ調査といえば聞こえがいいが、大学が少し調査費を出してくれるのをいいことに、友達に会ってこようと思う。もののないキューバ、行くとなったら「何か欲しいものがあるか」と友人たちに何ヶ月も前から聞いていた。出てくるものはDVDプレイヤー、プリンタのインクカートリッジ、Tシャツ、自転車のチューブ、画筆、トースター、映画、本、爪やすり、ワインなどなど。私が貧乏学生であることを忘れたかのように次々とリクエストが続くので、「時間とお金が限られてますので…」といちどは弁明のメールを入れた。すると手のひらを返したように、「いや、そんな無理を言うつもりはないので、手ぶらで来てくれればいい!友情だけもってきてくれ」といってくれる。世界経済基準からいって貧困レベルにあるが、(今は名ばかりの)社会主義のおかげで、尊厳を保ってきた人たちだと思う。とはいえ、友人の喜ぶ顔を見たいがために、学生にはとくに苦しい夏の経済状況からなんとか希望に沿おうといくつかの物をそろえた。キューバでは輸入品は政府が仲介しているためかなりのコミッションを取られるが、米国ではDVDプレイヤーの安いものは30ドルからある。

そんなこんなでかき集めたものを荷造りしていると、そばでみていたボーイフレンドが「まるでプレゼントを携えたサンタクロースだね」とコメントする。重量制限がなければもっともっていきたいところだが、これも最近厳しい。

尊厳といったが、相対的なもので、外から来る人には「ダメでもともと」と頼めるものは頼んでみる、という心理状況はやはり裕福な国の中流階級には想像ができない。そこにほんの少し世界政治経済の苦味と痛みを味わわざるを得ないが、それを抜きに友情を考えてくれる私の友人たちは、本当にありがたい存在だ。

2009年6月23日火曜日

オーガニック野菜


土曜日から新聞配達があり大満足の私だが、この機会に周縁に住む利点と不利点(?)を記しておこう。

まず不利点は住所がはっきりしないこと。過去常に人が住まいとしていた地域ではないので、郵便および宅配便は私の住所を個人の住宅地として認めないことが多い。たしかに歴史的には住宅地ではなかったし、また住んでいる人々も周縁の地域と認識していたためか、通常の事業に住宅地と認識されず、そのためスーパーなど食料品を買うところが極端に限定されている。

この一帯で食料品店が以下に少ないかに注目したNGOが、コミュニティ農業を始めた。周縁に住む利点は、すなわち、まわりにスーパーマーケットがないために、近郊農園の有機野菜を安くで買えるということ。このNGOは、コミュニティの若者を雇って、有機野菜農業をおこない、この地域の人々に安価で提供するというプログラムを運営している。私は一回に12ドル払い、野菜と果物のパッケージを受け取る。中身が何かは受け取るまで不明だが、有機であるという保証がある。

先週火曜日にはじめてのパッケージを受け取ったが、2人世帯では2週間に一回がたぶんいいところだろう。それにしても、12ドルでは考えられないくらいの量の野菜と果物だ。福袋を開けるみたいに興奮したが、本当に盛りだくさんだ。

2009年6月18日木曜日

新聞


日本では聞いたことがないだろうエピソードをひとつ。他のメディアに押されて「消えゆく業界」と言われているが、私は新聞を購読している。すなわち配達してもらっているのだが、この配達サービスがあてにならない。映画などでよくでてくるように、こちらの新聞配達はご丁寧にポストに入れたりせず、車や自転車から門前に投げる。そんなわけで前に住んでいたアパートでは、3階の部屋からアパートの入り口に降りていくと、敷地内に購読者数分の新聞が投げ入れてある。ところが、おそらく通りがかりの人が時折ちょろまかしていたと推測するが、朝9時を過ぎるともう配達されたはずの代物はきれいに消え去っていることが多かった。あさの9時半までは再配達サービスがあり、私は月に2、3回はそれを依頼する次第だった。

さて、今住んでいるアパートはいわば工業地帯にあり、目の前は学校、横には音楽スタジオ、と住宅に囲まれているわけでなく、フラリと人が通って私の新聞をかすめていく心配はない。

しかし。

数日前、「近日中に配達員が変わるが、購読者の方はこの移行の変わり目にお気づきになることはないだろう」という旨の連絡が入った。もちろんそんなお知らせは私はすぐに忘れてしまった。

そして月曜。新聞が来ていない。配達所に連絡をすると、「今すぐ配達します」との返事。その日は結局新聞を手にすることはなかった。

あれやこれやで4日間新聞配達なし、である。3日目に痺れを切らして「何が起こっているのだ」と追及すると、「いや配達員が変わったので少々手間取っています」という。手間取るって、ちょっと道に迷うならまだしも、配達しないっていうのはどういうこと?と私は首をひねってもわけがわからない。

さて、明日は配達があるだろうか。

2009年6月3日水曜日

TEN


生まれて初めて太鼓のコンサートに行った。友人の太鼓グループで、小さな内輪のパフォーマンスは観たことがあったが、コンサートホールでの演奏は初めて観る。グループ結成10周年の「十」と「天」をかねて、TENと銘打ったとのこと。私はそんなに太鼓が好きというわけでもないので(周りに太鼓狂いが何人もいて、ここだけの話、興ざめしてしまうところもある)、大きな舞台だから応援しに行こう、くらいの気持ちだった。しかも、車で1時間ほどかかる町で、公演開始が夜の8時。私の彼は、2時間以上の舞台ときいて、「全部終わる前に疲れちゃうだろうね」と最後まで観る意気込みもなかった。

会場は満席。立派なプログラムを手にとって、友だちが舞台に立つ、ということで少々興奮していた。

それが公演が始まってみると、予想外にも(重ねて失礼)私も彼も、舞台に釘付けになってしまった。オリジナル曲の音のすばらしさもさながら、舞台演出が壮観で、目が離せない。一曲ごとに雰囲気もまったく変わり、パフォーマンスあり、ゲスト・アーティストとの共演あり、中休みが来たときにはふたりして「10時までもたないね」なんて言っていたことは、都合よくすっかり忘れてしまっていた。

ふだん飲んで馬鹿やっている友人の、アーティストとしての実力を目の当たりにし、「こんな人を小突きながらお酒飲んでいたのね」とあらたまる。とはいえ、数日後にはお疲れ様パーティをもよおして、また小突いたりしているのだが。

2009年5月27日水曜日

猫のエゴ


猫は前にも飼っていたので、その性質はある程度わかっているつもりだが、なんとなくいろんな猫がいろんな性格だろうと思い込んでいた。ところが、やはり猫というのはわりと自己中心的らしい。犬は無条件で飼い主の意向に沿おうとするが、猫は自分の意思に人間がなびかないと、機嫌を損ねる。「自分は今こうしたい」という意思を伝えると、あとは人間のほうがそれに追従することを想定している。そんなわけで、おもちゃを持ってきて、訴えるような目で私のそばで座って待っていることがよくある。こちらが罪悪感を感じるほどに。

2009年5月19日火曜日

グリル

グリルパンという代物がある。ガス台の上で、バーベキューのような調理ができて、野菜から肉から、よく重宝している。グリルパン用の料理本まで出ているくらい、とてもポピュラーな調理器具である。


ところが、今のアパートに引っ越してから、大家さんがおいていった炭グリルを使い始めた。すると、こんなに味が変わるものか、と驚くほどガスと炭の違いを思い知らされている。炭火を熾すのに手間がかかるが、スモーキーさとうまみが凝縮したような味にハマって、ステーキ、鶏肉、えび、マッシュルーム、アスパラガスなど、あれもこれもグリルしたくなってしまう。これからはBBQの季節。ますます外で料理することになりそうだ。

2009年5月17日日曜日

初挑戦


ラザニアは大好きだが、きっと難しいのだろうと思いこみ、自分ではつくったことがなかった。それがふと思い立って挑戦してみる。基本的にはパスタソースと、リコッタチーズと、パスタを重ね、オーブンで焼くだけ。しかも、パスタはゆでる必要のないものまで売っている。乾燥したパスタをオーブン用の皿に並べると、ソースとチーズの間で調理されてしまう。意外にも簡単で、定番メニューになりそう。

ところで、フェイスブックに自宅で料理した写真を載せるようにしたら、大好評。会うたびに友だちが、最近は何を作った?と聞いてくれる。実際には、おいしかったりそうでもなかったりなのだが、写真にするといかにも出来栄えが良くみえる、ということに気づいた。

2009年5月10日日曜日

八重桜



ほぼ毎朝歩く池の周りは、微妙な四季の変化がみられる。春になってガチョウの赤ちゃんをみかけたし、草花もだんだん増えてきた。そして、いまは何本か植わっている八重桜が満開だ。私は小さい頃ソメイヨシノより、いちりんでゴージャスな八重桜が大好きだった。ソメイヨシノは連なって咲いているのを遠めにみてはじめて印象的だ、と思っていた。ソメイヨシノの淡い美しさを理解するセンスがないといってしまえばそれまでだが、また濃いピンクの八重桜を目にし、やっぱり魅かれている自分に気づく。

だいたい、ワシントンDCのサクラ並木を初めてみたときの私の印象は、粗野そのもの。

「きれいだけど何かが足りない…あっ!サクラの下には酒宴がないと完結しない。」

2009年5月7日木曜日

矯正はじめ

歯列矯正をはじめた。矯正歯科に3軒あたり、治療のオプションと見積もりを聞いた結果、結局友人が通っているところに決めた。最近はインヴィザラインというワイヤーを使わない治療法もあるが、効果はワイヤーに劣るとのこと。とくに下の歯は混みあっているので、どうせなら徹底的に矯正をしようと、4本の抜歯をすることに決めた。歯を抜くとなると、ワイヤーでなくては矯正できない。歯にワイヤーをつけるためのブラケットをつけ、それから抜歯し、ワイヤーで締めるらしい。すでにブラケットをつけて、ものを食べるのが不自由になっている。食べたものがすべてブラケットに絡まってしまう気がする。そして今日、抜歯だった。歯を抜くなど親知らず以来だ。歯茎にたくさん麻酔を打って4本いっぺんに抜いたが、感覚がなかったせいか、「こんなに簡単に抜けるものなのか?」と驚いた。麻酔を含めて1時間もかからなかった。奥歯ではないので、大きくニヤリと笑ったりすると歯がないのがばれてしまう。まるでクラックを常用して歯が抜けてしまったみたいなので、サンフランシスコのテンダーロイン地区(ホームレスが多いので有名)にでも行って、小銭を恵んでもらおうかと冗談を言っていた。4本もないと、空気が抜けてしゃべり方まで変だ。今日は流動食。

2009年5月1日金曜日

ネットブック


私が2005年末に購入したラップトップは2007年にキーボードが壊れ、外付けのキーボードがないとまともに使えない状態になってしまった。それでもキューバに持って行き、フィールドワークの勤めを果たしたわけだが、いい加減寿命が来たようだ。もともと携帯用と思って買い求めたわけではないので、とても重く持ち運びは大変だった。さらにキーボードが必要となると、携帯はほぼ不可能になる。私はカフェでものを考えたりするタイプではないので、メインのコンピュータは2003年から使っているデスクトップのままで十分である。ところが、学会に参加したりすると、自分のコンピュータから発表用のファイルを読んだり、発表の前夜まで修整を加えたりするため、トラベル用コンピュータが必要になる。

世界一周をしている私の会社員時代の後輩が私を訪ねてきたとき、AcerのAspire Oneを携えてきて、私はそれにひとめで惚れ込んでしまった。小さくて、機能的で、バッテリーのもちがいい。そこで、LAの学会に参加する前に、私は例の「調査費」を使ってネットブックを購入することにした。この夏キューバに行くことを考えて、とにかく軽いコンピュータが欲しい、と結論した末である。ネットブックとはAspire Oneのような、インターネットにつないで、メールをしたり情報を得たりするのが主な目的の携帯に便利な小さなコンピュータである。DVDドライブがないので、映画を観たり音楽を聴くには外付けドライブが必要だが、その分軽い。私はAspire OneとASUSのEeeの間で迷い、結局バッテリーライフの長いEee 1000 HEに決めた。充電した状態だと、最高9時間電源なしで作動する。

その小ささには驚いた。何度か大きなTOSHIBAをかかえて旅したが、空港のセキュリティーではかならずキャリーオンのスーツケースを開け、ラップトップケースを取り出すのに手間がかかって大変だった。今回LAに行くときは、するりとハンドバックから取り出してX線のベルトに乗せることができた。2005年末に購入したTOSHIBAはそのときのラインアップで最も安く$750だったが、このASUS Eeeは$400を下回る。テクノロジーの進化をありがたく思う瞬間だ。

2009年4月20日月曜日

LA


キューバ研究をする大学院生を集めたワークショップがUCLAで行われた。はじめて交通費・滞在費は主催者持ちという、画期的なイベント(普通はどちらかのみ支給で、どちらかは参加者が何とかしなくてはならない)。2日間UCLAの会議室にほとんど缶詰状態で、期待していたLA見物はひとつもできなかったが、キューバ研究者とたくさん知り合えたので、有意義だった。

ホテルは感じのいいブティックホテルだったが、UCLAに近いというロケーションで選ばれていて、周りに何もない。着いた日の夜はまだ誰も知らなかったので、ひとりで最上階のバーに行って食事をした。次の夜は、しりあった学生2人と一緒にホテルの人に聞いて、歩いていける唯一のレストランにいってみた。ホテルから徒歩25分、といわれて歩き始めたが、車社会のLAではほかに歩行者を見かけない。そして、通り過ぎる住宅はすべてゲーテッドコミュニティで、その前のささやかな歩道を貧乏学生が3人連なってそそくさと進み、すぐ隣の道路では車が60キロくらい出しながら通っていく。歩行者は肩身が狭いどころでなく、まるで犯罪でも犯しているかのような気分だ。すると突然、歩道が消えてしまった。途中で茂みがせり出し、舗装が途切れている。歩行者など架空の存在でしかないかのような取り扱いだ。

そんなこんなでLAの典型的特徴に文句を言いながら歩いていると、なんと10分ほどで到着してしまった。25分はかかる、といわれていたのは、きっと歩いたことがないからだろう、と結論。

まったく、おなじカリフォルニアなのに異国情緒はたっぷり。

2009年4月3日金曜日

ルッコラを食べるエリート



先の米国大統領選のキャンペーン中、マケイン/共和党側がオバマ/民主党支持層のことを「ルッコラを食べるエリート(arugula-eating elite)」と呼んだことが有名になった。ルッコラは最近普通のスーパーでも普通にみかけるようになった野菜だが、ほうれん草やレタスと異なり、都市部の比較的学歴の高い層が好んで食すイメージがある。食意識の高いベイ・エリアでは珍しくなく、高級食材というわけでもないので、私の冷蔵庫にはほぼいつでもルッコラがある。それに対して、おそらく米国の東海岸・西海岸の都市部を離れるとルッコラ消費率はかなり低いだろうと推測される。食材分布と嗜好に政治地理がはっきり表れる米国ならではの政治表現といえる。

ところで、今まで人間の食べ物に見向きもしなかった我が家の猫は、サラダを作っているときに床に落ちたルッコラの葉っぱをみつけ、むしゃむしゃとそれはおいしそうに平らげた。彼女の政治的志向は、明らかだ。

2009年3月25日水曜日

価値観



引越しをした。インターネットがつながるまでに時間がかかったので、なかなかブログを書けなかった次第。この引越しの知らせに、ショックを受ける(だろう)人がひとりいる。それでもあえて、ブログで打ち明けることにした。

その人は、私に対する心配から、「早まった行動をするな」と最近助言した人である。そしてその昔、私を鼓舞する意図で、「本当に実現したいことは親に黙ってでもするものだ」と言い聞かせた人でもある。

今回、私は後者を選び、ボーイフレンドと同居することを決断したのである。物事にはタイミングがあり、離婚を経験し、30代後半にもなる私にはタイミングを見極める力が若い頃よりある、と自負している。リスクを背負わなければ幸せは得られないし、幸せの落としどころも過去の経験からだいぶ判るようになった。バタバタと決まってしまったが、彼と猫との新生活は、信じられないくらい充実している。お互いを独立したひとりの人間として認める、という単純だがなかなか難しいことが成立しているおかげで、なんとも居心地がいい。

ふたりで、ロフトスタイルのアパートに住むことを決め、今までの生活では考えられない広さのところに住みはじめた。料理好きの私たちにはキッチンが大きいのも魅力的だ。猫は広さにすっかり慣れて走り回っている。これから、友だちを呼んでちょっとしたパーティをするのが楽しみである。

何を言っても、心配するだろうことは十分わかっている。私はそれに対して何も言うこともできないが、いちばんの影響を受けた人なので、その価値観を受け継いで今の私があるのだ、というのは指摘するべき事実である。くだけていえば、あなたの結果が私です、と。

親に心配をかけ続けるのはやむをえないことだ、とは私に影響を与えたもうひとりの人が言ったことだ。定年が間近になる彼に、彼の母は「そんな仕事をして大丈夫か」といったまるで彼のキャリアが始まったばかりのような心配のしかたをする。

そんな心配を「聴いた振りしてやるべきことをやる」という生き方になっていくのが私の歳なのだろう。ありがたく、心配されながら。

2009年3月11日水曜日

気まぐれ料理/A dish on a whim


冷蔵庫のものを整理しようとして、あるものだけで夕食を作った。白身の魚と、トマトと、たまねぎと、冷凍コーンと、出来合いのヨーグルトソースと、クスクスを使い切ろうと思い立つ。なんとなくつくってみたら、なんともおいしそうな出来栄えで(実際の味はちょっと塩が足りなかったが)、大満足。でももう二度と繰り返せない気がするが。

2009年2月26日木曜日

サクラ


先日、大抵下げたままにしている窓のブラインドをひさびさにあげてみると、2月というのにサクラが満開。雨が多く、太陽を見ない日がつづいたが、気温は確実に上がっているようだ。

視点



経済状況は好転の兆しがなく、新聞で読むことといえば「結局オバマは財界の現状維持をするのみで、再編成することはない」とか、「補助を受けた大企業のトップは相変わらず高給取りに温存している」とか、「○○会社も倒産」とか、「教育費削減」とか、やりきれないくらい暗いニュースばかりだ。だけど、ふと窓の外をみると、すばらしい夕焼けを見つけたりする。

不満をいうのは大切なこと。政治に参加する、ということはひとつは権力側に庶民の声を聞かせるということ。だけど、(私みたいなヒネクレ者は)どうせ政治に身を任せるほどの意気込みがないのだから、ネガティブな思考にやられてしまっては、元も子もない。小さな小さな幸せは、どんな状況にもある。どうあがいても仕方がない状況には、そんな小さな喜びの大きさが、ひときわ身にしみる。

ブログ再開

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